日本人は、物事や言葉を自分勝手に解釈しすぎるきらいがあると思っています。
それは例えば、営業をしに行ったら「いらねぇよ!」なんて言われてしまったときに、「その商品が今、いらない」ということを示しているだけなのに「自分自身が要らない」と否定されたような気分になってしまうことと似ています。
そういった、日本人特有の勘違いのひとつに「ネットの匿名性」というのが挙げられます。
先日、芸能人のブログが炎上したときに、いわれのない中傷の書き込みを執拗に繰り返した人物十数名が、もちろん、誰にも知られてない・誰にもわかるまいと思って匿名で書き込みしたつもりなのでしょうけれど、ちゃっかり本人特定をされて、名誉毀損で訴えられた事件がありましたね。匿名なんだから「誹謗中傷」という犯罪の片棒を担いだことも、なかったことにできるとでも考えたのでしょうか。
名前を隠したくらいじゃ、悪意までは隠すことができません。否、中傷したい!という悪意があることを、友人知人に「自分だと知られないために」匿名で書き込みをするのでしょう・・・
つまり、ネットでいくら巧妙にプロキシサーバを用い、名前を伏せようとも、コメントを寄せた以上、さまざまなネットワーク上にアクセスログは残る。自らの存在を隠しおおせることは出来ないのです。もちろん、コメントというカタチで【悪意】のあとすら、くっきりと残っている・・・
匿名ということを「自分に都合よく」解釈しているんじゃないかと、思うのです。
たとえば、匿名で書いたものなんだから、わたしのやったことじゃありませんよとでもいわんばかり。
つまり、自分自身がやったことに対して「責任は取りませんよ」という意味で【匿名】としているんじゃないかと思うのです。

煩悩リセット稽古帖





