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大胆すぎるAyu

Bold & Delicious/Pride (DVD付)表紙カバー画像大胆すぎるかな?って位が、ちょうどいい
~Bold & Delicious~

アクセルをあと少し踏み込めばいいときに、ついつい躊躇して前へ出れないときってありますよね。これ以上、言ったら、嫌われるんじゃないかな?とか、相手に不快感を与えるかもしれない・・・なんていう、ためらいを感じるとき。そういう場面でいつも、この歌詞を思い出してしまいます。

ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス表紙カバー画像日本人は、物事や言葉を自分勝手に解釈しすぎるきらいがあると思っています。
それは例えば、営業をしに行ったら「いらねぇよ!」なんて言われてしまったときに、「その商品が今、いらない」ということを示しているだけなのに「自分自身が要らない」と否定されたような気分になってしまうことと似ています。

そういった、日本人特有の勘違いのひとつに「ネットの匿名性」というのが挙げられます。
先日、芸能人のブログが炎上したときに、いわれのない中傷の書き込みを執拗に繰り返した人物十数名が、もちろん、誰にも知られてない・誰にもわかるまいと思って匿名で書き込みしたつもりなのでしょうけれど、ちゃっかり本人特定をされて、名誉毀損で訴えられた事件がありましたね。匿名なんだから「誹謗中傷」という犯罪の片棒を担いだことも、なかったことにできるとでも考えたのでしょうか。
名前を隠したくらいじゃ、悪意までは隠すことができません。否、中傷したい!という悪意があることを、友人知人に「自分だと知られないために」匿名で書き込みをするのでしょう・・・

つまり、ネットでいくら巧妙にプロキシサーバを用い、名前を伏せようとも、コメントを寄せた以上、さまざまなネットワーク上にアクセスログは残る。自らの存在を隠しおおせることは出来ないのです。もちろん、コメントというカタチで【悪意】のあとすら、くっきりと残っている・・・

匿名ということを「自分に都合よく」解釈しているんじゃないかと、思うのです。
たとえば、匿名で書いたものなんだから、わたしのやったことじゃありませんよとでもいわんばかり。
つまり、自分自身がやったことに対して「責任は取りませんよ」という意味で【匿名】としているんじゃないかと思うのです。

返答に窮する2つの話題

悪意/善意 たましいの素顔表紙カバー画像他人に言われて、対応に困る言葉ってありますよね。
私には、2つあります。

「わたし、ホラ、左ききだからぁ~」
「わたし、霊が見えるんだよね・・・」

こんなとき、アナタならどう応えてますか?

左利きであること、霊が見えることが
そのひとのアイデンティティの重要な部分を占めているのは口調からわかるから、それを安易に傷つけたりとかはしたくはないのだけれど・・・ただ、一言いいたいことがある。

「・・・だから?」
同じようなシチュエーションになるたびに毎回、飲み込み続けてきた言葉です。

不便な思いをしてるわたしってかわいそう、なのかな?・・・そこんトコがよくわからない。
だからこそ、対応に困るし、どうコメントしていいのかもわからなくて・・・とにかく、困る。

左利きをことさら強調する人には、特に言いたい。

私は、生まれついての完璧な右利きだけれども、
左手で箸を持ち、焼き魚一匹キレイに食べられる。

やればできるし、さしてスゴイことでもないと思う。
私にできたんだから。

要は、左利きで生まれついたからといって
右手がうまく使えないってわけじゃないと思うんだ。

世の中のほとんどの人は、五体満足で生まれついてるんだしね。
「左利きだから」と自分に都合の良い言い訳を与え、右手の可能性を自分で否定しているんじゃないか?と思うのですよ。

霊に関しては、自分がまったく見えないんで何もいえないんだけれど、否定も肯定もしないよ。
だって昔は、X線なんていう技術はなかったから体の中を見ることはできなかったけれど、今は見れるようになってる。
今現在は見えないひとが多いだけのことで、このまま技術が進めばもしかしたら、私のように「感度が鈍い」人にも霊を見ることができるようになるかもしれないから。


「わたし、ほら、左ききだから~」
「わたし、霊が見えるんだよね・・・」

だからいつも、こんなことをいわれたとき「あぁ、そうなの。ふぅん」としかいえないのだった。

本当は、

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